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文部科学大臣に対して「いじめのため自殺する」という文書が送りつけられたらしい。 

文部科学大臣に対して「いじめのため自殺する」という文書が送りつけられたらしい。

 最近またイジメが問題になってるらしいけど今更だよな。
 俺が中学の頃には限界きてたよ(いじめはいけないって建前を建前だと言い切れていなかっただけマシかもしれないけど)。俺が通っていたのは田舎の中学校で小学校のメンバーそのままエスカレータだから露骨ではなかったけど。それでも小学校の頃のいじめ(軽いものだったとは思うけど)で、私立の中学へ行った人は何人かいたし、中学で不登校になった人もいたし。片田舎でこれだもの、都会は相当なものだったと思う。田舎特有のいじめという意識のなさから大して問題にはならなかったけど。
 中学の頃通ってた近所の塾は隣町からも来てる人間がいたから暴力が発生してた。
D君が俺を守るという形でO君を殴ってた。
実際はD君がO君に一方的に絡んで殴ってたんだけど。
D君はかなり自己主張の強いタイプ、対して俺は、我侭は嫌悪するものだという一般認識に欠けてたので無意識な非難もD君に向けていなかった(と思う。威張りたがる性質に対して呆れを感じ取られたかもしれないが少なくとも非難はしていない)。だから何だかんだで塾で一番親しかった。
一応、俺を守るという大義名文の元D君はO君を殴るわけだ。
そして一方的な暴力をケンカにするために横から煽ってO君を逆上させるキーキーうるさいH君。
多少は止める素振りをする正義感のあるさわやかS君とS君の友人K君。
D君を応援する野次馬の女子達。
彼女達の軽蔑ともどよめきともいえる歓声の中、O君を殴るD君。バカにしながら挑発するH君。
エスカレートしそうになると止めに入るS君。D君の「むかつくな」に対して「じゃあ、もう一回殴れば」と望みどおりの相槌を適当に打つ俺と「やめとけ」と答えるK君。

 時々塾に顔を出すボス役のR君が来ると状況は少し変わるがO君が殴られることに変わりはない。
D君はR君にひどくやられたらしくびびってるんだ。
個々の力関係は、R>D≧S>O>K>H=俺(H君と俺はケンカできないタイプ、H君はお調子ものだからD君に殴られて泣かされていた所を一回見た)
R君が登場すると仲裁に入るわけだ。
R君はびびってるD君を黙らせ、正義の味方として外見の良さと相まって女子にも大人気。
O君に対しては「お前もうじうじしてないでもっと打ち解けろよ」とか諭すわけなんだけど、O君の性質(俺と同じくプライドが高く、自意識過剰で、女の子の目をひどく気にする)、現在の惨めな状況からO君に引っ込みがつくわけない。結局O君はR君に殴られる。
もちろん正義感のある子は何人かいるけどそんなもんは黙殺されるに決まってる。こうしてO君は塾に来なくなった。

 もちろんデフォルメされてるよ。こんな切抜きみたいな中学生はいない。

 作られた被害者、明らかに加害者の俺は、面倒だな、バカバカしいな、O君も災難だなとただ見てた。
 首を絞める言い訳をしておくと元々いじめるとかいじめられるとかに無関心だった。
高校の頃、俺はいじめられている(進学校だったし、一部に無視されたり陰口叩かれる程度でそれ以上にはならなかったけど)と言えなくもない立場だったけど、関らなきゃ面倒のない話だし気も使わなくていいし、たいして思う所はなかった。実際殴られたりしたら違うんだろうけど、テレビで見るような何百万脅し取られたり理不尽にパシリにされて殴られる目にあったらそいつの家を燃やそうと偽りの誓いを立て課題を解決した気になってやりすごした。
 この考えは小学校の頃にいじめるとかいじめられることに関心を持ったり考えたりすることをやめたからだろうけど。実際嫌われても関らなきゃ大した問題はなかったし、関るにしても最初の立場が対等なら距離をとっていればいいし。最初の立場を対等にするためには関らないでいることだし。

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ピーターパンの冒険 

ピーターパンの冒険

ピーターパンの冒険を見ています。
感覚が死ぬ前に見たかったアニメです。
懐かしいだけになったら悲惨だからさ。
でも懐かしいより素晴らしいが大きくてよかった。
すごい覚えてる。
言葉にするのが面倒なくらい覚えてる。
忘れてる感覚がほとんどないくらい。
セリフを聴いたとき感じた感覚も覚えてる。
26話まで見たけど名作だよ。
子供特有の経験のなさからつまらないものを素晴らしいと思い込んでるだけかもしれないと、感傷をぶっ壊す覚悟で見たんだけど超名作でした。
第1話のドキドキ、ピーターパンが来なかったらどうしようと思いながら俺もピーターパンを待ってた、相変わらず時計ワニはいかしてるし、ティンクエロいとか独り思ってたことも思い出した、リリィの凛々しさは憧れだったよ、ウェンディが好きでピーターパンに嫉妬した感覚も嫉妬したそのシーンで思い出した、ウェンディが海賊に白雪姫のお話を聴かせる話に悶えてた。
あの雨と城はフック船長の城と城に降る雨だったのか。
あのシーンはルナ初登場の回だったのか。
あのシーンはおそらくダークネス城に向かうシーンだろう。
今まである種の映像を見るといつも頭に浮かぶイメージがあって気になってたんだけど、10年来の悩みが解決しました。
あのシーンもピーターパンの冒険だったんだ。
昔の宮崎アニメを探したりしたもんだけど見つからないはずだよ。
フック船長との対決の一連の回とか毎週放送のアニメとは思えない出来だよ超名作。
ウェンディはびっくりするほど可愛いよ。
子供の俺が恋に落ちるのも無理はないよ。
元々目的がない人間なんで彼女で生きる人生でも生きることと死ぬことに覚悟さえできていれば何の悔いもないよ。
目的を外じゃなく自分に設定したがるから俺は上手くいかないんだろうけどまあいいや。
YoutubeでOPだけでも紹介したいんだけど映像がないんだよなあ。

あと子供の頃見たアニメで見直したいのはビックリマン、新ビックリマン、オズの魔法使い。

ビックリマンは全体としてもすごい面白いはずだけどダークヘラが好きたったからそっちも気になる。オズの魔法使いのドロシーも好きだった気がするけど、もしかしたらウェンディと勘違いしてたかも。ピーターパンOPの馬車が壊れる場面をオズの魔法使いだと思ってたからさ。オズの魔法使いのEDは確か何もない丘の道を4人がただ画面奥に向かって歩いていくだけなんだけど、目が離せなかった。自信はないけど丘は暖かいオレンジの草原で空は真っ黒なんだよ。でもどこか暖かいんだよ。その道をただ歩いていくだけのEDだった記憶がある。

一言で言うと病んでた。そして多分今日も病んでる。 

一言で言うと病んでた。そして多分今日も病んでる。
大昔、床に寝転がって左腕をぼんやり見つめ、妄想の世界に生きた時期がありました。彼女は1日中部屋から出ない。だから、時々事件は起こるけれど、彼女の存在を見つめるだけの妄想でした。そして彼女を見つめる俺の横には優しいアスカがいつも微笑んでいました。
俺の頭が大丈夫かどうかは保留ですが、生活としては完全に破綻していた。

ブリギッテ

彼女は人里離れた城のような塔のような建物に3人で住んでいる。
召使のオルラーヌと塔の中腹の書庫で梯子椅子に座って本を読みふけっているガロンとの3人で。
彼女以外は彼女の作った人形だ。
オルラーヌは名もない草花から造られた。
ガロンは名もない大木から造られた。
彼女は美しい。灰色の髪に白い肌と白い瞳。年の頃は20程だが、まるで千年生きたような雰囲気がある。実際彼女は350年ほど生きている。20の頃に自らの知恵と手によって不老の身体を手に入れたのだ。
彼女は1日自室である塔の最上階で独り過ごす。
彼女は1日自分の左腕を刃で弄っている。暇な人間が髪に指を絡めて遊ぶあの感覚で。心の奥に全てのものへの憎悪を込めて。でも肘より上は傷つけない。自傷に抵抗があるからだ。1日過ぎる頃には左腕はほとんどなくなってしまう。だが新たに再生させる技術があるので問題ないのだ。
分解され磨り潰されていく左腕の様を見て、稀に彼女は笑うのだ。稀に彼女は泣くのだ。左腕に、楽しくなる神経、悲しくなる神経、嬉しくなる神経、涙が出る神経、笑いが起こる神経、など様々な神経を接続して遊んでいたものだがいつしか飽きた。今は自然にこみ上げてくるのを待ちつつ、ただそうして時間が過ぎ去る。全てのものへの憎悪を込めて。そんな彼女を見て私の時間もただ過ぎる。もちろん全てのものへの憎悪を込めて。
その間もオルラーヌは下の階で独り何もせず立ったまま待機している。主人が望めば紅茶も入れるし、掃除もするし、会話もするし、ただ側に立っていたりもする。そんな彼女の暇つぶしに作られたのがガロンだ。
ガロンは一日中本を読んでいるおしゃべりの名人だ。彼はいつでも相手の満足いく答えを出す。彼の答えに満足しない人間は解決する手段のない悩みに苛まれている人間だ。
もちろん日常会話もお手のもの。どんな相手も退屈させない。彼の会話に退屈する人間は会話では紛らわすことができない退屈を抱えている人間だ。
ブリギッテは自分の名前が嫌いだ。オルラーヌもガロンも彼女を名前で呼ぶし、時々町へ遊びに出かけて自己紹介する時もブリギッテと名乗る。だが自分で自分の名前がブリギッテであると認めることに深い抵抗があるのだ。だから意識の中の彼女はブリギッテではなく私だ。
彼女はどうしようもできない哀しみを抱えている。そして耐え切れなくなると脳にある処置を施す。これから起こる記憶が残らないようにするために。しかし処置を施す前の記憶は残る。だから自分が誰かに完璧に心を許し、甘え、泣いたという事実だけは認識できるのだ。それで彼女は十分だし、もし記憶が残ってしまったら彼女は死ぬだろう。それほどに彼女の哀しみは深くプライドは高い。
その相手はほとんどがオルラーヌだが、どうしようもない時は私を選ぶ。彼女は普段なら創造主たる私をも他の人間同様寄せ付けない存在だ。そんな彼女を私は全面的に愛す。愛とは受け入れられることだ。普段の彼女も素晴らしいが甘える彼女も素晴らしい。そこには一切の不信がない。そんな彼女を僕は愛す。彼女が脳をそう弄ったのだ。だからこそ彼女は認識だけで生きていける。

彼女は時々ガロンとオルラーヌを呼んで会話をしたりして楽しむし、街へ出かけてぶらついたり会話をしたり、気まぐれに街をぶっ壊したり、人をぶっ殺したりするし、時々友人も遊びに来る。もちろん彼女には友人などいないが。アリスは人を御伽噺の世界に誘い込み迷子にさせることが趣味だ。だからアリスが遊びに来たときは大変だった。

どうでもいいね。他人に妄想話を聞かせる俺はどうかしてるだろうさ。もちろんブリギッテにエロいこともしたさ。何でも受け入れてくれたね。自分の妄想キャラを使ったエロ妄想を他人に語って聴かせようとする俺。もちろんアスカもぶん殴ってやったさ。それでも微笑んでたね。自分の妄想キャラを使った虐待妄想を他人に語って聴かせようとする俺。さらにどうかしてるね。

どこか病的な自己確信と自己正当化に満ちている。 

どこか病的な自己確信と自己正当化に満ちている。それは現実ではなく仮説を生きているからです。
現実を基準に計ると俺は鬱陶しいほど間違ってるし何もかもずれたことしか言ってないでしょうが、仮説に基づくとかなりの割合で正しい。現実に目を奪われずに仮説を突き詰めることができれば俺の呟きは益々正しい。
世界と折り合いをつけられないタイプのダメな人間が高い親和性を示すと言われるニーチェの哲学に対して俺も極端に高い親和性を示した。
初めての出会いは19~21歳の時。「~」なんて記号を使うのは過去の時間感覚が朦朧としてるからなので気にしないでください。
空想哲学読本という本の「ガンダムでニーチェが分かる」という頭の悪そうな章でニーチェと出会って掴りました。
でもこの本はセーラームーンでキリスト教が解り、エヴァンゲリオンでデカルトが解り、ときめきメモリアルでカントが解ったりするとても素晴らしい本なので興味がある人は是非読んでください。

空想哲学読本は今も人格改造マニュアルという本の隣に眠っている。人格改造マニュアルは2001年2月15日出版の20版。俺は20歳の時学校にも行かずにカーテンを閉め切って1日中ろうそくを見つめてα波を出すことに励みヨガ式超能力開発やESPや自己暗示なんてものに取り組んでいたことになる。αθ波波発生装置なんてものをヤフオクで48000円で買った記憶があるよ。1ヶ月試してさっぱり効かなかったのでヤフオクで48000円で出したら1週間で売れた。この世界にはダメな人がいるもんだなぁとしみじみ思ったものだ。ここに人生の失敗が約束されているよ。

この本の前に出会ってるからニーチェに会ったのはおそらく2000年か。
ニーチェの哲学については、説明など今更する必要の無い人と関心など無い人しかいないと思うし、俺には絶対に正しく伝える能力がないので説明しない。
ルサンチマンなどさっぱり消え去ったと思っているが、ニーチェの哲学の枠組みにがっちり掴まっている俺はどこまでいってもニーチェの手の平で踊る虚しいパロディでしかない。

殺し屋としては一流、それが俺の自己評価。 

殺し屋としては一流、それが俺の自己評価。
ゴルゴ13に任務失敗がないように、俺に殺せない価値などない。
ここはぼんやりとした荒野で誰もいない。俺は独り立っている。
価値という名札を付けたものは皆殺し。身体が覚えるまではとても大変だったが、今では価値を瞬時に捏造して殺すという高等技術も呼吸のごとく。
運もあった、ものごころ付く頃には自分以外は他人でしかないことを身体が知っていた。
この見渡す限り開けきった荒野で新しい生き物を探す気ももう起きない。同じことだ。見つけ次第殺してしまう。
今ではこの荒野には生き物など数えるほどだ、それらも俺が保護してやっている。殺そうと思えば殺せるが生かしてやっている。もうそいつらしか生き残っていないから。
だからとても貧弱だ。野生の力強さなど微塵もない。この荒野で俺はそいつらをペットのように終生愛でていくしかない。

俺も最初は素人だったが、6時間覚醒の16時間睡眠と8時間睡眠の48時間覚醒というライフサイクルを程よく織り交ぜた生活をしていた時、急に悟りが開けた。
何もかも幻だった。コンビニの店員は俺を笑ってなどいなかったし、醜形恐怖と完全主義と対人恐怖から歯が腐って欠け落ちてもいけなかった歯医者もクリアした。人生に価値はないと言い聞かせつつも捨て切れなかったものがさっぱり消えた。俺はもちろん童貞だが、SEXも幻だとすでに知っている。いろんなことが幻だった。そこには何もなかった。すべて俺の妄想だった。妄想も妄想だった。おそらく俺も例外ではない。何もなかった。俺の現在は過去の条件反射だからダメなのだ。それだけだった。そしてダメということには何の価値もなくなっていた。
もちろんこれらは結果でしかない、ある意味宗教体験なので上手く書けないが、俺の世界が終局に向けて変わり始めた。何もかもが解体していった。目の前の天井に何の価値もないように、価値などどこにもなかった。

体験したというよりは全く理解を超えていたのだが、ありのまま起こったことを話すぜ、

感覚をそのまま言葉にすると、この世界には何もなかった。俺が机だと認識するまで目の前に机などなかった。机についての情報を目の前の机と結びつけることで始めて机だと分かった。そして「恋愛より机のほうが価値がある」。俺が価値があるという言葉を使ったという理由のみによって恋愛より机のほうが価値があった。問題はその価値が貧弱だという一点だった。世界には言葉しかなかった。言葉は音と事柄のみで価値などというものは一切付属していなかった。価値が付属しているのは価値という言葉だけだった。

何を言ってるか解らねーと思うが、俺も何をされたのかよくわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。寝ぼけただけだとか自己暗示だとかそんなチャチなもんじゃ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ、とだけ言っておきたい。
この後遺症はなかなか大変で現在進行形で俺は相当まいっている。

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