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俺は老いたのだろう。何もかもが白々しい。 

俺は老いたのだろう。何もかもが白々しい。
劇場版Zガンダムのシロッコ役の声優のように。
お前は入れ歯でも入れてるのか、と思ったよ実際。フォウといいサラといい台無しなんだよ。視聴者舐めてるだろう。丸くなったというよりも、Zも老いたなと感じたよ。
これがZだからまだ許すけど、Vガンダムをダメにしたら、本気で許さないから俺。カテジナさんの声優を変えたり、セリフをいじられたりしたら。
また脱線。
昔は言葉に対し白々しさをここまで意識することはなかった。俺を怒らしたらビル爆破くらいじゃ済まないんだぞ。という子供じみた虚勢があったからだ。だが本気で許さない、などと言ったところで、心の中で少し怒るだけで済ますだろうなと予想がつく。そんな行為で済まされる、心の中に生じる違和感を、本気で許さないなどと書いていいのか。逆かから言えば、俺の本気で許さない時に起す行動は、頭の中で多少の文句を言う、この程度だということだ。
俺の本気で許さないがこの程度だと仮定して、一般的に想起される、本気でゆるさないはどのような状態か。
ブログに文句を書き綴り、周りの人間に当り散らし、もうVガンダムなど見ない思い出したくもないと叫び、場合によってはVガンダムの痕跡を自分からデリートする。この程度の状態だと俺は考える。
本気で許さないという言葉に対する俺と俺の予想する一般的の差異。
俺の本気で許さないは一般よりも、大小で言えば小だし、強弱で言えば弱だ。この小ささ、弱さが、この程度が俺の本気で許さないなのかという落胆と読み手に伝わる誤解ともに白々しくさせる。
だがまた、本気という言葉には限界というニュアンスが含まれてると感じる。ということは、俺が一般的と考えている本気に手抜き感が漂う。一般的の限界がこうも卑小なものなのか、お前らの限界ってこんなもんなのかよ、と独り勝手に遣る瀬無くなる。

なんか言葉を発する度に虚しくなる。その虚しさを埋めるたびに言葉を発するんだけどさ。

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