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dis- 有坂美香 

俺もかつては若者だった。
とても狭い世界に住む若者だった。俺の高校生活は学校と大型古書店と家との往復だった。田舎の高校生だった俺は夜9時以降に出歩いた経験など片手で足りるほどだった。俺はひどく退屈な人間だったので親密な場に誘われることなどなかった。そして他人と親しくなることに恐怖を感じる人間だった。それ故に理想に憑かれていた。俺には親しくなることは死ぬことに近い勇気が必要だった。何度も挑戦できるようなことではなかった。現に俺は今も生きている。ターゲット選びには病的に病的を重ねるほど慎重だった。

若者とテロリストはいつも何かに怒っている。俺も例に漏れずイライラしていた。何もかも気に食わなかった。授業なんて雑音でしかなかった。推薦以外の大学受験には内申点が関係ないと知った俺は先生の顔色を見て提出物を出すかどうか決めた。そのうち顔色を伺うことも辞めた。
何もかもうるさかった。電話の音が嫌いだった。妹は社交的で毎晩のように電話がかかってきていた。一度音を聞くといつまでも頭の中で鳴っていた。部屋でぼんやりしていると電話が鳴った。うるさいので電話に出ることにした。しかし実際は電話など鳴っていなかった。こんなことが当たり前になっていた。家は常に騒がしかった。ドアを音を立てて閉める奴は全員軽蔑すべき人間だと思った。どんな微かな物音も許せなかった。誰かがトイレのために廊下に出たら部屋に戻り音が消えるまで何も出来なかった。布団の中で耳を押さえて音が去るのをじっと待った。
朝食の時に流れる目覚ましテレビのバカさ加減にうんざりした。茶髪を問題にしている人間はバカだと思った。うんざりした俺は一生髪を染めることはないと思った。酒鬼薔薇聖斗の事件に大げさに驚いている世間にもうんざりした。頻発していないことのほうが奇跡的なのだ。どいつもこいつも全く解っていなかった。だが俺は人を殺すまで狂うこともリスクを犯すこともできなかった。
勉強しているかどうかチェックしに来る母親も殺したかった。勉強していないとヒステリックに怒った。大学に入って良い会社に入ったとしてもそれが無意味なことはとっくに知っていた。だが俺はその人生を強制されていた。大学に行く気がないなら家業を継ぎなさいと脅迫してきた。俺が大学に行かないことと家業を継ぐことがどうしてイコールになるかさっぱり分からなかった。俺はドアが恐くなった。数年間ドア恐怖症に悩まされることになった。ドアが不意に怖くなり度々押入れで過ごすはめになった。

実家を出たいという理由で大学を選んだ。国公立なら一人暮らしもOKということだった。幸い進学校に入れるだけの学力はあったが、貯金は当の昔に尽きていた。だが勉強などしたくなかった。高3の夏は図書館で眠り本を読むことで過ぎ去った。だが運良くセンター試験で良い点を取った。そしてセンターだけで入れる地方の国公立大学に入った。筆記は全くダメだった。偏差値は常に40前半だった。実際偏差値45の大学すら落ちた。その点は運がよかった。あれ以上実家にいたら俺は確実にどうかなってしまっていた。

大学は何もかもがくだらなかった。俺は求めつつも劣等感と対人恐怖と醜形恐怖と優越感と嫌悪感とそして疎外感によって、インドの修行僧が悟りを求めるストイックさで他人を拒絶した。俺は大学3日目の集合写真の時間をボイコットした。写真が残るという事実が怖かった。新入生歓迎会もボイコットした。大勢の中で楽しめないことは学習済みだった。サークル勧誘の光景を見ると怖くなった、あの空間に入り込むのは無理だと知ってサークルに入る気もなくなった。だから卒業アルバムに俺の写真はない。授業中話しかけられても曖昧に濁し続けた。誰も話しかけなくなった。そして俺は孤独を手にするしかなかった。
俺は大学に入ってもイライラを引きずっていた。余裕のあるもの全てが憎かった。前向きなものなど一つもないのだから前向きな言葉など何一つ信じなかった。この世界は嘘に溢れていた。精神病か神経症を疑ったが、そこに救いの臭いがしたので近づけなかった。この世界はどうしようもないのだからどうにかしようとするものは全て嘘だった。現実的には人と話をすることが怖かったし、精神科へ尋ねた履歴が保険証に残ると親がうるさそうなので行けなかった。
講義なんて聴いている場合じゃなかったがやることもやりたいこともなかった。俺は自分を若いと思ったことがない。常にもう○才じゃないかと焦っていた。そして焦っているだけだった。
焦りはイラつきに変わり何もかも許せなかったし何もかもくだらなかった。中でも何もできない自分が一番許せなかったし一番くだらなかった。何故こんなところにいるのかさっぱり分からなかった。俺は大学に入ったことを後悔した。もう辞めようと思った。1年時の単位取得表が実家に送られ、親がアパートにやってきた。もう辞めたいと言った。かといってやりたいことなど何一つなかったしできることも何一つなかった。やりたいことがない=家業を継ぎなさい。この等式に親は支配されていた。家業を継ぐとは人生の終りを意味していた。結局は親の説得という形で学生を続けることになった。抵抗しなかった。抵抗する情熱など俺にはなかった。
自分の無力さを呪った。どうして俺にはこうも動機が欠けているのだろう。その原因は特定できなかったがいくつかの容疑者は思いついた。そして俺は容疑者を絶対許さないと誓った。俺に出来ることは許さないことだけだった。


ハーイ♪リスナーのみんな、ご機嫌いかがな?
ここはDJ楽園のお送りする曲紹介のコーナーだ。
紹介文を書こうとしたら何故か以上のような痛々しい文章が出来上がってしまった。
今日紹介するのは「無限のリヴァイアス」というアニメの主題歌だ。
今から書く文章は上の文章と同じく痛い。
上記の通り俺はとても狭い世界に住んでいた。現実を拒絶していたといってもいい。
俺の想定する現実と実際の現実とは大幅にずれていた。そして俺の想定する現実にぴったり重なったのが「無限のリヴァイアス」というアニメだ。ぴったり重なったというよりも、このアニメによって俺は現実を知ったと言っても過言ではない。
生理的に気持ちの悪い絵だった。その気持ち悪さも現実だと思わせた。
第一話から気持ち悪かった。嫌悪感に震えた。
アニメを見て、そうかそういうことか、僕はこんなところを生きていかなきゃいけないんだ。
なんて思った。泣きそうだった。ちょっと泣いたかも知れない。
小説版も買った。アニメ同様素晴らしかった。
完成度が高いとは言えないけど普通に見ても良作だと思う。
そして曲自体も非常に素晴らしい。登場人物が自分だけだからという理由もあるし、思春期の出口とはこういうことなんじゃないかと思う。
それでは聴いてくれ。無限のリヴァイアスの主題歌で「dis- 」歌:有坂美香だ。

dis- 有坂美香

終わりのない悲しみから何処かへ

歩くならここでいいよ
さびしさも時々はやり切れないけど
傷つけてしまうことも
傷ついてさらけだすこともないから

凍りついてる海の裏側で
いつか見た現実と幻想(ゆめ)が交差する

閉じ込めてしまえ
誰にも伝わらないなら
それでらくになれるなら
この世界は果てなく閉ざされた闇
このままただ瞳を閉じていよう

この空に流れている
やさしげなその声を聞いていたいだけ
手のひらをのばしたなら
この指に降りつもるものはなんだろう

限りのない未来に届くように
数えきれないあきらめから旅立つ

光をあたえて
やり方はわからないけど
違う場所へ行くために
欲しいもののかたちは何もないけど
最後の宇宙壊していま明日へ

光をあたえて
やり方はわからないけど
出会う時を知るために
つないでゆく見えないものの在りかへ
最後の宇宙壊していま明日へ


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コメント

離人感

高校~大学時代僕と似てますね。ほとんど同じだというと共感したいがための誇大表示になりますが。

>このアニメによって俺は現実を知ったと言っても過言ではない。

楽園さんは離人感(世界に現実感がない)ないですか?僕は中2くらいからずっと離人感です。アニメに疎いですが、エヴァを観た時似たような感触でした。「無限のリヴァイアス」もいつか観たくなりました。いつか。

あまり期待しないほうがいいですよ。何かに憑かれてなければ大抵のものは人を引き込む力なんて無いんですから。

離人感ですか。世界というより自分に現実感がありません。生きている実感などないのは当然として。もう一人冷静な自分がいて、何があっても誰が死んでも例え自分の腕がなくなろうと、そいつが何でもないことにしてしまう。
自分に対する現実感のなさと同じ強度でなら世界にも現実感はありませんが、世界にはそいつがいない点で自分の現実感のなさとは違う。何を言ってるか自分でもわかりません。
慢性的に世界に現実感がないわけじゃないんでしょうが現実感があるかと言えばないんですが、それは世界ではなく自分の問題でしょう。

抽象的かつ主観的すぎましたね。
理由は2つ。1強度が分からなかった。2重要度が低かった。
1に関しては
頭のどこかで感じてる程度なら慢性的。実感というより思想に近くなってます。それ以上の、実感を伴う、例えば時間が止まったような、切り取られたような、何もかも色あせたような、何もかも輝くような、目の前の手がまるで自分の手ではないような、目の前のクラスメイトが急に他人になったような、そういう身体で感じる現実感のなさは時々でした。
2の重要度に関しては、何でもないことにしてしまうそいつの存在に比べればたいしたことがなかったからです。不思議なだけで、たいして問題視してませんでした。
この2点の理由で、逃げたような回答になりました。

思想のわけないですね。
半無意識にというか、言われればそうかもというか。
自分では当たり前の感覚なので分からないです。

終盤痛々しかったですよねこれ。
目を覆う指の隙間からチラ見してましたのを思い出します。

そこが素晴らしいですよね。
昔に比べつまらないのは自分がつまらなくなったからだって主張がありますが、最近のアニメは明らかにレベルが落ちてるかベクトルが変わってますよね。

確かに最近のは少しウ~ンって感じですね。
内臓にダメージが響いてこない感覚(?)です。

俺は声優の桑島法子さんが当時好きで、演技もうまいなぁなんて思いながらリヴァイアスを見てたのですが、
最近の声優さんは萌えに引っ張られてか、なんだかよく分からない事になっている気がします。
その辺も少し悲しいです。

そんな感じですね。
内臓にダメージがあるタイプは1990年代後半の特徴の一つな気がします。
キャラと演出しか目に映らなかったSEED見て引きましたもん。
2000年から目に見えて減り始めて2003年で絶滅危惧種って感じです。
もし1995年にエヴァを作らず台本をとっておいて今作ったとしてもたいしたものはできませんよ。
今少女革命ウテナを作れるのかって話です。
トースターに同じパンを入れても火加減が違えば出来上がるパンが違うように。
もうトースターが劣化してるか、ただ私に合わないだけかですね。

声優は三石琴乃です。久川綾とか。少女革命ウテナを見て上手いなぁと。これは勘違いでアニメに声優を上手く見せる力があったというほうが正解だと思いますが。
最近は見ないので分からないですが、何もかも萌えにしようとする風潮が鬱陶しいです。萌えは絶対的じゃなく相対的で自分の中でだけ絶対的だと思うので。カラフルキッス12コの胸キュンを1日中聴いていれば脳は緩みますけどそれだけですよ。
私が最大級に萌えたのはロミオの青い空の二キータです。製作者も記憶を辿れば分かると思うんですが、最大公約数的な萌えキャラの量産にはまいります。これを深刻なテーマのアニメでやられると余程の技量がないと台無しですよね。

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