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エスキモーには日本語の「怒り」に相当する言葉がない 

エスキモーには日本語の「怒り」に相当する言葉がないし、実際に怒ることがないらしい。読み取れないというのではなく、怒りという感情を感じないらしい。また「悲しい」も同様らしい。

要は感情は絶対的なものではなく、環境の変数だってこと。
時代が変わったのか、私が変わっているのか判断はつかない。怒るとか嬉しいとかを感じることがないから、あっても見逃すから(例えば平安風に「いとおかし」なんて表現するしかない感覚に襲われた瞬間があったとしてもそんな稀な出来事見逃すでしょ。)だから嬉しい、好き、悲しい、怒り、その他累々で構築される日常会話にリアリティなんてちっとも感じないし、共感することもない。「イラつく」には素直に頷きを返せるけど、嬉しいには返せない、喜ぶなら理解できる。怒りとか感動(泣けるという意味での感動)などにはこっちとしては見ているしかない。こういった単語がテンポよく出てくるような会話、または感情を確認するような会話がすっごい苦痛で逃げ出したくなるぞ。
「イラつく」という言葉、100年前はなかったと思う。何かの代替なのか今までなかった隙間産業なのか知らないけど、そういう言葉がもっと必要だと思うんですよ。
「嬉しい」という言葉は共有されているし、どういう感情なのかは自己の経験からか他者の観察からか文法の経験からか、一言で言えばおそらく伝統によって学ばされるわけです。例えばそこに当てはまらないような感覚を持ったとする。思い切り感じられるか?感じるべきなんだけどね。
その意味で言葉は感情の増幅装置なんだと思うよ。

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コメント

はじめましてm(__)m
ガチャさんのところからお邪魔しました、クロといいます。
嬉しい、好き、悲しい、怒りなど~
感情を表す言葉を一つ一つどういうことなのかと考えたことは無かったような気がします(-_-;)
言葉は感情の増幅装置。納得!
楽園さんのプロフの言葉~
記憶を持って人生をやり直したら、きっともっと失敗してる。さらに納得!
・・・長々と失礼しました^_^;

こんばんは
レス遅くなりましたが、コメントありがとうございます。
長文歓迎ですので気にしないでください。

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